気づきの伝道師 藤井一規です。
決断力が欲しいなあと思っている人は多いもの。
決断することは、可能性を失うことのように感じて、なかなかできなかったりする。
今日は、決断することについて考えていく。
<ブログ>
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この記事の目次
「決断するというのは、ほかの何かを捨てること。捨てなければ、何かを得ることはできない」
by 大越俊夫(教育者、自己啓発作家、著述家)
確かに決断をすると、その他の可能性を手放すことになる。
本当にそれでよいのかと、将来後悔しないかと心配になって
決められなかったり何て話もよく聞くもの。
どのようにしていけばよいのだろうか?
<決断するということ>
こうしよう。これに決めよう。
決断すれば、他の選択の道は閉ざされてしまう。
大きな決断であればあるほど、
その決断によって、変化が起きてくるもの。
誰しも変化を恐れる気持ちを持っていたりする。
また、決めるということは、自分で決めた責任を持つということだ。
あとから、あっちにしておけばよかった。。。
と後悔するようなことなら責任は持ちたくない。
<決断は常に起きている>
決断は特別なものだと思いがちだけれど、
普段の生活の中で、当たり前に起きていること。
このコートを着ようと思ったら、同時に
別のコートを着るというわけにはいかなかったりする。
道を右に曲がると決めたら、同時に左にいくわけにはいかない。
結婚相手を決めるとかといった人生の一大事みたいなこともあるけれども、
日々のほんのちょっとしたことまで考えると、
次々に決断をしているわけで、あたりまえにしていること。
<決断は得るために>
そして決断というと、どちらかといえば、失うことに意識が向かいがちだけれど、
実は決断は、得るために行っていることだと気づいておきたい。
同時にたくさんのものを手に持ち続けるわけにはいかない。
欲しい、新たなモノを手にしようと思うからこそ、
手を自由にするために今持っている他のモノを手放すか、
他のモノを同時に持つことをやめるということだ。
決断は、持ちたいモノをしっかり得るためにすること。
また、同時に持てないモノをすべて自分の近くに置いておこうとすると、
自分のいる場所が雑然としてしまい、モノであふれかえり、
快適な環境とは言えなくなっていく。
手放すことも、幸せのために大切なことなのだ。
<決断は幸せのために>
そう。決断は自分が得たいものを手に入れるために、
幸せになるためにすることなのだ。
決断することは、幸せに近づくためだと考えたら、
なんだかうれしくなってくる。
たとえベストが何かはわからなくても、
決断の時点での自分の判断で決めたらいいだけ。
今より望ましい方に向かおうとする自分を認めてあげたい。