気づきの伝道師 藤井一規です。
何事も準備を万端整えて始める人もいる。
かと思うと、準備もそこそこに、どんどん始めてしまって、
あとから整えていくという人もいる。
どちらにも優れた点がある。
今日は、どんどん始めていくことについて触れていく。
<ブログリンク>
http://shitsumon-alacarte.com/mental/11482/
この記事の目次
「何事にも準備万端整えて始めるより、半端な用意でもどんどんやり始めてあわてたりするのが、楽しいんですよ」
by 所ジョージ(シンガーソングライター、コメディアン、タレント)
準備が充分でないまま始めてしまうと、どうなるか。
当然、やりながら右往左往するようなこともあるだろう。
しかし、やってみて修正していった方が良いことも多い。
しばらく、考えていきたい。
<先送りの理由>
やりたいけれど、なかなか始められない。
そんなことのひとつ、ふたつ、あったりしないだろうか?
始めないときの代表的な言い訳のひとつは、
「まだ準備が整っていないから」
というものだ。
もちろん、全く何も考えていない。
というのもどうかとは思うけれども、
何か月しても、何年たっても、準備不足と言っていたりする。
「準備が整う」という準備が何のことか、どの程度で整ったらいいのか、
あいまいなまま、自分に言い訳をしていたりする。
<完璧な準備>
完璧な準備をしようとしたら、どうなるだろうか?
どれほど準備しても、その準備がカバーできる範囲には限界がある。
ほとんど起こりえないような事態にも備えて準備しようとしたら、
無駄なものが増え、際限なくお金と時間が費やされてしまうだろう。
とても効率的だとは言えない。
しかも、初めてのことだったりしたら、
いくら準備しても、予め想定していたこととは、
全く異なる事態が起きることはよくある。
あれこれ心配して準備したことの多くが、無駄になってしまったりもする。
<とりあえず試してみる>
ある程度準備したら、思い切って試してみるというのは、一つの考え方。
思いがけない事態との出会いができるのも、一つの楽しみかもしれない。
もちろん、退くことができるように考えておいたり、
期間や量を制限しておくのもいい。
人生は想定してわかることよりも、
経験して初めて得られることの方が遥かに多い。
想定通りだけよりも、なにかハプニングがあって、
創意工夫をする経験を持ったほうが
後々までの語り草になったり、学びになったりするもの。
人生をより印象的なものにするに、
準備はそこそこに、始めてしまうという選択肢があるのだ。