気づきの伝道師 藤井一規です。
完全に自由になる一日があったら、何をして過ごしますか?
あれをしたい、これをしたい。という人もいれば
普段の忙しさから逃れ、リフレッシュしたい、のんびり休みたい。
という人もいるかもしれない。
今日は、余暇の過ごしかたについて考えていく。
<ブログリンク>
http://shitsumon-alacarte.com/mental/11817/
この記事の目次
「余暇をどう使うかというのは人格を試すテストである」
by エルバート・ハバード (米の作家、教育者)
余暇をどう使うかに、その人の人格が現れるという。
それはいったいどういうことなのだろう?
しばらく考えていく。
<普段>
いつもの日々は、たくさんのしなければならないことに囲まれている。
仕事かもしれない。家事かもしれない。
プライベートなお楽しみもっていうひとも。
中には、予定を一杯入れないと気が済まない人もいたりする。
自分の自由になる部分もあったりするが、
多くは自由にはならず、縛られてしまっていたりする。
<余暇>
これに対して、全く自由にできる時間があるとしたら、
何に使うだろうか?
例えば土日は、自分の自由になる時間がたっぷりあるって
人もいるかもしれない。
余暇と呼ばれる時間は、自分の意思だけで使い方を決められるとする。
だから、何を選択するかは、「自分次第」ということになる。
どんな時間にするかを自分の意思で決められるということは、
何を得ようとするかを自分で決めているということだ。
<どう使うか>
余暇となる日の前日、例えば、金曜日の夜はお酒を飲んで、
土曜日は午前中は寝て過ごす。。。ひょっとしたら、夕方まで、
っていう選択もありうる。
録りためていたテレビ番組を見るっていう人もいるかもしれない。
いやいや、そうした選択はもったいない。
今後のための投資となるような時間の使い方をしたい。
という人もいる。
資格をとるために勉強したり、
将来に向けた準備に費やしたり。
普段できない経験をしたり。
人生の価値を増やそうという活動に使おうというものだ。
<あなた次第>
たしかに、普段の疲れを取ったり、リフレッシュするのも大切なこと。
しかし、それらはできれば毎日のなかで済ませておきたい。
また、リフレッシュと称して、つい、ぼ~っとするだけだったり、
だらけた時間の過ごしかたになってしまいがちだったりする。
せっかくの時間を浪費してしまうか、
価値を生み出す可能性のある投資として活用できるかは、
あなたにかかっている。
こうした、意識の違いは、繰り返せば繰り返すほど、
どんどん大きな差になっていくことに、気づいておきたい。