気づきの伝道師 藤井一規です。
一生懸命聞いている様子を示していたのに、
どうも全く理解していない人がいたりする。
あなたにはそんな経験はないだろうか?
一体何が起きているのだろう?
今日は、聞いているように見えて、理解できていない状態について考えていく。
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この記事の目次
「授業中、一生懸命聞いているように見える学生は、必ずしも内容を理解していない。なぜならば、彼らのエネルギーは『聞いている』というポーズをつくることに集中されてしまうからである」
by ジャン・ポール・サルトル (仏の哲学者)
一生懸命聞いている様子の生徒がいたら、
理解してくれていると思うかもしれない。
しかしときに、全く理解できていないという事態がわかって、愕然としたりする。
何が起きているのか、どのようにしていけばよいか、しばらく考えていきたい。
<通じる?>
理解するとは、どういうことだろうか?
例えば、慣れていない言語でコミュニケーションを取るとする。
1割くらい知らない単語が登場してきても、ほぼ意味は通じていく。
2割程度でも、何とかカバーできていく。
話の流れで、わからない単語のところを想像し、
一旦間違って捉えても、コミュニケーションで修正していくことが可能だからだ。
ところが、これが、3割、4割となっていくと、
半分以上はわかる単語であっても、急に理解できなくなっていく。
どれほど一生懸命聞いても、意味を捉えることができなくなってしまう。
<理解する>
相手が伝えようとすることを理解しようとするとき、
受け取る側には、その準備ができている必要がある。
言われた言葉や意味を自分なりに想像できたり、実感できたとき、
初めて理解できたという感覚が生まれる。
あなたが伝える側で、理解してもらいたいと思うとき、
幼児に伝えるときと、大人に伝えるときとでは、
言葉や、表現のしかたや、使う例は全く違うのではないだろうか?
いくら一生懸命聞いているように見えても、
自分なりに捉えなおすだけの準備が整っていないとしたら、
理解することは困難なのだ。
<理解しあうために>
伝える側にいるとすれば、
相手が一生懸命聞いている様子を示したからといって、
理解しているのとは違う可能性があることを知っているほうがいい。
つい伝えた気になってしまっていて、あとで理解されていなかったことがわかり
びっくり!ということは避けておきたい。
聞き手から、聞き手自身の言葉で伝え返してもらって
理解度を確認しておく必要があったりする。
聞き手の方も、自分の受け取ったと思ったことが、合っているか確認したり、
わからない言葉や、あいまいなところは始めのうちに
明らかにしておくことが望ましい。
伝えたつもり、わかったつもりだけの状態から、
理解しあえた状態に、近づいていきたいもの。