気づきの伝道師 藤井一規です。
人生にはさまざまことが起きます。
そして、全てから学びを得ることができます。
特に、思う通りにはならなかったことからこそ、
たくさんの学びが得られたりします。
今日は人生と学びについて考えていきます。
<ブログリンク>
http://shitsumon-alacarte.com/mental/12398/
この記事の目次
「人生は学校である。そこでは幸福より不幸の方が良い教師である」
by ウラジミール・フリーチェ(露の文学者)
学びの場と言えば学校はその代表。
うまくいくことからも学びは得られるが、
目を逸らしたくなるような、不幸と呼べるような事態からの方が
たくさんの学びが得られたりする。
この言葉をもとにもう少し考えていく。
<人生は学びの場>
人生は学校に例えることができる。
私たちは全ての経験から何らかの学びを得ることができるからだ。
ただ、正解がそこにあって、誰かから教えてもらえるというわけではない。
どんな答えも正解であり、どんな経過を辿るかも優劣があるわけではない。
なぜなら、ある時点で優劣があったとしても、
人生はその時点で終わったわけではないからだ。
全ての経験は、その後の人生の役に立っていく。
他の人がしていない経験は、
その人ならではの宝物になる。
<不幸からの学び>
やはり学びというと、うまくいかなかったことや、
不幸の中からのほうが意識しやすい。
次にうまくいくようにするためには、どうすればよいか?
目の前の困難をどのようにすれば乗り越えらえるのか?
嫌な思い、痛い思いをすればこそ、
そこから抜け出そうとする意欲、次は避けようとする思いも強くなる。
失敗や、不幸な事態から学べることはとても多いし、
教訓としやすいものだ。
<幸福からの学び>
幸福からも学ぶことができる。
うまくいっていることの中から、
どうしてうまくいっているのかに意識を向けることは忘れがち。
何も考えずにできてしまっていることに、
どうしてうまくいっているか?っていう質問をする必要は
無いように思いがち。
しかし、うまくいく理由に気づくと、当たり前の大切さや、
原理、原則がどこにあるかがわかったりする。
うまくいかない事態に遭遇したとき、
基本に立ち返ることができたりする。
<全ては学びに>
人生において経験することは、全て学びにすることができる。
教科書があって、その通りにしさえすればよい、
というものではないけれど、
学んだことを活かせば、より望ましい人生に向けて役立てていくことができる。