気づきの伝道師 藤井一規です。
頭だけでわかっているのと、経験があるのとでは全く別物だといえます。
また、モノを手に入れることの満足よりも、
それらを実際に使ってみて、得られる満足感を重視する考え方が注目されています。
今日は、経験の価値について考えていきます。
<ブログリンク>
http://shitsumon-alacarte.com/mental/13084/
「経験はただで手に入らないものだ」
by オスカー・ワイルド(アイルランドの詩人、作家、劇作家)
物質的には満たされている成熟社会においては、
普段では得られないような体験・経験を求めるようになっていくと言われる。
モノを手に入れることそのものより、手に入れてからの方が重要だったりする。
この言葉をもとに、もう少し考えていく。
<日々の繰り返し>
日々生きていくうえで、何らかの経験は積むことになる。
しかし、ときには飛び込んでくる新しいこともあるが、
多くは変わり映えしないものだったり、
一定の範囲の中に限られたものとなっていく。
日々の繰り返しや、想定範囲を超えた経験を得ようとすると、
自ら、なんらかの新しい経験を得るための努力が必要になってくる。
<いつもを飛び出して>
何もしないまま手に入る経験には、おのずと限りがある。
いつもを飛び出していくためには、
自ら積極的に動いていく必要がある。
行ってみたい場所に行ってみる。
やってみたいことをやってみる。
食べてみたかったものを食べてみる。
いつもはしない選択をしてみる。
そのために、お金をかけてみる。
どんなことにも、興味深いところを見つけることはできるもの。
もとは興味がなかったことでも、誰かの誘いがあったら乗ってみる。
意外に、誘った人よりも、一緒についていった人の方が
はまったりすることってあるもの。
<経験の価値>
冒頭にも書いたけれど、モノを買うのだとしても、
物自体を買って、手に入れて満足!というよりは、
実際に手に入れてみて、使ってみての楽しみ、快感、喜びが
得られることのほうがより重要なこと。
手に入れてからの経験のほうに価値があるはず。
もちろん、完成品を買わずに、自分で作り出すことに
喜びを見つけるというパターンもある。
工夫や、発想していくのも、実際に自らのチカラで、
モノができあがっていくという経験も喜びにつながっていく。
ときには変わり映えしない毎日を抜け出したり、
毎日の中に、新しさを自ら作り出していきたい。