気づきの伝道師 藤井一規です。
教育を受けさせることは大切なことです。
しかし、無理やり机に向かわせてもうまくいかないし、
ただ丸暗記しただけでも肝心なことはわからないと言われます。
しばらく考えていきます。
<ブログリンク>
http://shitsumon-alacarte.com/mental/14695/
この記事の目次
「教育は結構なものである。しかしいつも忘れてはならない。知る価値のあるものは、すべて教えられないものだということを」
by オスカー・ワイルド(アイルランドの詩人、作家、劇作家)
教育と称した活動で伝えられるものと、
それだけでは伝わらないものがある。
教えよう思ってもそう簡単にはいかないものがあるのだ。
もう少し掘り下げていく。
<教育は家庭から>
人生で役に立つ知識は身につけておきたい。
基本的な礼儀も身につけておきたいもの。
社会生活を送る上でのマナーも重要なことかもしれない。
最近は、身の回りのことまで学校に頼ろうとする
傾向があると聞いたりするが、
もっとも重要な教育の場は家庭だろう。
いずれ、親に頼らずに新しい家庭を築いていくことになる。
必要なことは、まず、家庭の中で
身につけられるようにしていきたい。
小さい頃の環境で身につけたものは、
大人になっても深い影響を及ぼすものになっていく。
<肝心なこと>
マナーや知識を身につけることは教育という名のもとにできる。
しかし、形式的にマナーを身につけただけでは、本当の役には立たない。
誰かのことを思いやること、大切にする気持ちを身に染みてわかるほうが、
ずっとずっと大切なこと。
それを形にしたものがマナーであったりする。
形式だけを身につけても、
中身がなければ残念なものになってしまう。
同様に、知識だけをもっていても真の役には立たない。
不思議なものに興味を持つことであったり、
興味を持ったものを深く追究していくことで
新しい発見する喜びを得ることを体験していったほうがいい。
<心を震わせよう>
誰かを大切にすること、自分を大切にすることや、
ノウハウを駆使して何とかしようとするよりも、
何が大切なことなのか、日々実践しながら身につけていったほうがいい。
感動したり、わくわくしたり、
心を震わせることのできる時間を持ち、
大切なことを身につけていきたい。
本当に知る価値のあるものは、
これが正解と、一律に教育できるものではないと知り、
失敗しながらでも育んでいきたい。