気づきの伝道師 藤井一規です。
人生を悲観的に考える人もいれば、
楽観的に考える人もいます。
ポジティブに考えるのが良いと言われるが、
果たしてどうだろうか?
しばらく考えていきます。
<ブログリンク>
http://shitsumon-alacarte.com/mental/15545/
この記事の目次
「私は最悪の事態に備え、最良の事態を期待する」
by ベンジャミン・ディズレーリ(英の政治家、小説家)
人生、何が起こるかわからないもの。
思わぬ幸運や、想定外の悲劇がやってきたりする。
悲観ばかりも困るが、楽観過ぎるのもどうか。
もうすこし、掘り下げていく。
<最良の事態を期待する>
私たちは気づかないうちに、
これまでの延長線上に未来があると考えがちなもの。
そして、人は想像したことを超えることができなかったりする。
そう、知らず知らずのうちに、自分から進んで限界を設定してしまったりするのだ。
結果として、もっともっと得られるはずのことを
自ら避けようとしてしまったりする。
だから、最高なことが続いたら、
どんな可能性があるかを思い切って想像してみる。
最大、こんな可能性があるってことを体験しておけば、
それ以下のことなら実現性が高いって感じられたりする。
<最悪に備える>
もちろん、最高のことが起こるに違いない!と考えて、
困難や、ピンチへの備えが何もないとしたら、
考え直したほうが良いかもしれない。
悲観的になりすぎて、心配しすぎても得られるものは少ない。
起きていないことは、無限に想像することができる。
いくら心配しても、不安や恐れをすべて消し去ることはできない。
ただ、最悪の事態がやってきても大丈夫なように備えておけば、
いちいち悲観的になる必要がなくなる。
最悪の事態に備えられているのだから、
それ以下の事態なら、より容易に対応できるに違いない。
<普段はポジティブに>
最悪の事態には備えておいて、
普段はポジティブに考えていけばいい。
自然界では、共鳴するものが実現しやすくなると言われたりします。
失敗することばかりを想像していると、
本当に失敗してしまったりする。
だからといって失敗に何も備えていないとしたら、
考え直したほうが良いかもしれない。
何が起きるかわからない人生だけれど、
可能性は最大限に、最悪の事態になっても大丈夫なようにしていけば、
恐れ過ぎず、楽しみながら生きていくことができやすくなる。