気づきの伝道師 藤井一規です。
私たちには、予測する能力があります。
気づかないうちに、自由であるはずの未来が
現実に影響されてしまったりするもの。
しばらく考えていきます。
<ブログリンク>
http://shitsumon-alacarte.com/mental/16654/
この記事の目次
「夢は現実の投影であり、現実は夢の投影である」
by ジークムント・フロイト(オーストリアの精神医学者、精神分析学者、精神科医)
私たちは現状を捉えて、こうなるんじゃないかな?
という未来を予測することができる。
そして、こうなるんじゃないかな?
という予測は、それを実現させていったりする。
もうしばらく掘り下げていく。
<延長線>
私たちは、未来が過去から今までの
延長線上にあると考えがちなもの。
それは成立する可能性が高く、
このまま進んだ結果を予測することができるということは、
安心感も伴っている。
この先どうなるのかわからなかったり、
一瞬先は闇、という状況は
不安を連れてくる。
出来れば不安は避けたいと思うことは自然であり、
多くの場合そのまま行きがちなものだったりする。
<未来を制限するもの>
本当は、もっともっと素晴らしい可能性があるのにも関わらず、
想像したことは、現実を縛り付けるチカラを持っている。
気づかないうちに、こうなるのが自然で、
外れることは不自然で、無理がかかることのように感じてしまう。
確かに変化を起こすということは、
エネルギーを必要とするし、
想定外の結果を招く可能性もある。
悪い想像をすると、本当に悪いことが現実になったりする。
<未来の可能性>
しかし、このことは逆に、素晴らしい想像をすることで、
素晴らしい未来を作り出すことが可能だ、
ということでもある。
ただ、何の根拠もないまま夢のような想像をすると、
否定する自分が現れて、その想像を邪魔しようとしたりする。
けれども、可能性として存在することを認め、
手に入れたいと強く望めば、
実現の可能性も増していくことになる。
<可能性を楽しむ>
私たちには、想像力がある。
現実の延長線上であれば、その能力のほとんどを
有効活用することがない。
しかし、私たちにはまだまだ可能性がある。
今の自分ではできないことが、
新たに成長することで、できるようになったりする。
自分だけではできないことであっても、
誰かの助けがあればできたりする。
延長線の上を生きるのも一つの選択だけれども、
本当に得たいものを目指して、変える可能性を選ぶのも選択肢のひとつだ。