気づきの伝道師 藤井一規です。
これまで、あまりにも有名な言葉は、取り上げずにきたかもしれない。
しかし、有名だからこそ、ああこれねって、簡単に通り過ぎてしまい、
気づかずにいることがあるかもしれない。
しばらく考えていきます。
<ブログリンク>
http://shitsumon-alacarte.com/mental/17745/
「過ちて改めざる これを過ちという」
by 孔子(中国の思想家、哲学者)
過去の「過」と過ちの「過」とは同じ漢字を使っている。
また、過ちと似た言葉に、「誤る」がある。
どういうつながり、そして違いがあるのだろう?
しばらく掘り下げていく。
<過ちとは>
きょうの言葉は、過ちを犯してしまうことはあるものだ。
過ちは改めていけばいい。
問題なのは、過ちとわかっていて、改めないことだ。
という意味で使われる。
過ちは、しんにょうをとった部分は、不正や正しくないといった意味がある。
しんにょうは進んでいくという意味があるようで、
不正や正しくないまま過ぎていくことを示している。
過去には修正すべきことが含まれていいる、
という考え方なのかもしれない。
どちらかというと、うっかり間違ってしまっただけどいうよりは、
より深い意味を持ったものの傾向があるかもしれない。
<誤る>
間違うという意味では、誤る(あやまる】という言葉がある。
過ちのほうが、重いように感じられる。
単に間違えただけよりは、そこからの影響があった、
と言うことなのかもしれない。
ここで、「過る」と書いても、あやまるとは読まないことに注目したい。
「過る」は、「よぎる」と読む。
例)ふとそんな考えが過る(よぎる)。
間違いという意味にしようとすれば、「過ち(あやまち)」か「過つ(あやまつ)」
にしなくてはならない。
過ちは、ただの動作では終わらず、そこに意味を持ったもののようだ。
<改める>
状況に流されたり、うっかりしたり、手を抜いてしまったり。
何らかの原因で過ちを犯してしまうことは、
誰にでも起こりうる。
問題は、いかに過ちを改め、望ましい未来に踏み出していくかだ。
バレなければ、そのままにしてしまおう、
という気持ちが生まれてくることもあるかもしれない。
ごまかしてしまえ、という考えが過る(よぎる)かもしれない。
しかし、もし同じ過ちを繰り返しているのだとしたら、
いつか大きな痛手を負うことになる。
改めることこそ、とても重要なことなのだ。