気づきの伝道師 藤井一規です。
身体を思うように動かして、芸事・工作などをうまくこなすことを
器用と言ったりします。
これもできたほうがいいかもしれませんが、それよりも、
生きていくうえでの器用さを持ち合わせていきたいものです。
それはどんなものなのか、
しばらく考えていきます。
<ブログリンク>
http://shitsumon-alacarte.com/mental/18110/
この記事の目次
「器用というのは他人の思惑の逆をする者だ」
by 織田信長(武将、戦国大名)
器用とは、細かい細工などができることとは限らない。
可能性を考え、他人の思惑を外れたことができる人のことだ。
信長は、そうした人材を求めていた。
もう少し掘り下げていく。
<器用の意味>
細かい仕事を巧みにやりとげるという意味もあるが、
与えられた仕事を抜け目なくこなすという意味にも用いられる。
そして、相手の思惑を外れたところ、思ってもみなかったことを
やることを器用だと信長は言っている。
部下にもその器用さを求めていた。
敵の期待通りに動いていたのでは、
戦国時代を生き残っていくことはできない。
そんな強い思いもあったのだろう。
<期待を超えて>
しかし、どんな人生においても、
誰かが期待するままに動くだけだとしたら、
ちょっとつまらないかもしれない。
私たちは、様々な思い込みや、「常識」というものに囚われて、
気づかないうちに、自分の行動にいろいろな制限を加えている。
どちらかというと、否定的な情報をたくさん取り込んで、
できることの範囲をどんどん狭くしてしまいがちだ。
ところが、肯定的な情報、可能性を取り込んでいけば、
できる範囲をどんどん拡げていくことができる。
それは、相手の思惑や期待以上のことを
実現する可能性を見つけることにつながる。
相手が想像していないことができるということは、
敵であれば、驚かせたり、倒すことが容易になる。
味方であれば、より深い関係を結ぶことができる。
<行動してこそ>
ただ、素晴らしい考えも、考えるだけでは不足がある。
人の想像を超えることを実践して、結果を出すことが
最も重要なことだ。
人の想像を超えることは、未経験のことだろうし、
わからないこともあるかもしれない。
不安や恐れも伴うかもしれない。
しかし、勇気をもって進むことができるかどうか、
困難があっても、乗り越えて結果を出していけるかどうかが、
大きなポイントになっていく。