気づきの伝道師 藤井一規です。
お金は私たちにとって、特別な意味を持っています。
物でありながらも、物というだけではありません。
また、自分の自由な時間をお金を得るために使っていくことになったりします。
今日は自由について、
しばらく考えていきます。
<ブログリンク>
http://shitsumon-alacarte.com/mental/18457/
この記事の目次
「自由はもちろん金で買えるものではない。だが、金のために売り払うことは出来る」
by 魯迅(中国の小説家、思想家)
働くのは、生活していくため、お金を得るためだと考えている人は多い。
実際、多くの人がお金を手にするために働く。
それは、自分の自由な時間を削ることになったりするから、
この言葉にはなるほどと思わせるところがある。
お金は自由な時間を削らずに手に入れることも可能なのだが、
これについて知りたい方は別途メッセージをください。
自由について
もう少し掘り下げていく。
<自由って>
自由とは何だろう?
ただ、一言で自由といっても、捉え方によって、
その意味はものすごく拡がってしまう。
ここを掘り下げると、延々と書き続けることになりそうなので、
「自分がどのような状態でいるかを、自分自身で決められる状態」
としておく。
例えば、お金を得ようとして、労働するときには、
期待された成果を出すように求められ、
成果をだせないときは、思うようにお金が得られなかったりする。
また、その労働環境では、求められる行動も定められていたりして、
思うがままにふるまうことはできなくなる。
自由が制限されている状態だ。
<束縛と安定>
しかし、逆に言うと、
期待された成果を出し、求められる行動をしている限り、
安定してお金が得られる、ということでもある。
自由な状態であることは、
束縛がない代わりに、安定もない状態だと言える。
以前にも書いたが、万有引力は、人を空中を動く自由を奪い、
地上に生きるように束縛しているが、
おかげで、所在なく漂ってしまうという不安を取り除いてくれている。
束縛は、受け入れられるものならば、
安定をもたらしてくれる。
家族というくくりも、同じような働きをしている。
もちろん反対に、期待させる成果や、求められる行動が
出せなかったり、受け入れられなかったりすれば、
束縛された上に、苦痛な状態となってしまう。
<自分で決める>
安定があれば、その安定をうまく活用して、
次を求めていくことができる。
家を建てたいのだとしたら、安定した土台が必要になるように。
その時に住みたいところに住むのなら、
持ち家という束縛・安定はなくてもいい。
どちらを選択するかは、自分で決めていけばいい。
自由か束縛かと尋ねると、自由があったほうがいいに決まっている、と答えちだけれど
自由か、束縛か、そして、どの程度の束縛かを選んでいける自由があればいいようだ。