気づきの伝道師 藤井一規です。
私たちは、起きていることに何らかの理由をつけようとします。
明確にわかることもあるけれど、
よくわからないことも多いものです。
そういうとき、人はこれまでの経験にもとづいたり、
自分に都合の良い解釈を加えていきます。
しばらく考えていきます。
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この記事の目次
「あらゆる真実は一度発見されれば理解するのは容易だ。肝心なのは真実を発見することだ」
by ガリレオ・ガリレイ(伊の物理学者、天文学者)
何か本当なのか、判断を鈍らせるものはたくさんある。
冷静に、見極めることができる人でありたいもの。
もうしばらく考えていく。
<異端な考え>
地球が太陽の周りをまわっている、というガリレオの説は、
神が創りたもうた地球が中心だと考えていた多くの人たちにとって、
異端と受け取れるものだった。
それは、これまで自分たちが根幹としてきたキリスト教の教義を揺るがすもので、
否定すべきものだと考えた人たちがたくさんいた。
もちろん、冷静に科学的なアプローチをする人もいたが、
頭ごなしに、地球が動くなんてありえない!
と決めつけようとする人も多かった。
このようなことは、特別なことのように思えるが、
実は私たちの中でもよく起きていることだ。
<革新の起きるとき>
今まで常識的なことだ。
と思っていたことを否定されるような事態は、
これまで守ってきたことが、間違いであることを示す可能性を持っている。
いままで安心していられたはずのことが揺らいでしまうような、
不安定な事態が起きることになる。
もし、今まで好ましい状態だったとしたら、
革新が起きれば、その状態は失われてしまうかもしれない。
そんなとき、できれば今の状態を失わずに済むような解釈をしようとしがち。
正解を特定できないような状態であれば、
わからないままにしようとしたり、
不利な証拠を無意識のうちに気づかないふりをしてしまったりする。
故意にそうしようとしていなくても、
私たちは何らかの偏りをもって判断しがちなもの。
<偏りから脱する>
私たちの判断は、何らかの偏りを持ちがちだということ気づき、
冷静に、何が事実か、何が本当かを見極められるようになっていきたい。
何が本当かを見極めることができたら、
ごまかしたり、逃げてしまうより、
本当に従ったほうが、無理がなくなる。
速くたどり着くことができれば、
早く修正することが可能になる。
自分の判断を曇らせているものに
気づけるようにしていきたいもの。