気づきの伝道師 藤井一規です。
無駄に過ごしてしまった。。。
そんなことを思うことってありませんか?
どんな時間の過ごし方が望ましいのだろう?
今日は、先日とは違う切り口で、時間の過ごし方について考えていく。
<ブログ>
http://shitsumon-alacarte.com/mental/10019/
この記事の目次
「浪費するのを楽しんだ時間は、浪費された時間ではない」
byバートランド・ラッセル(英の数学者・哲学者・社会思想家)
時間の使い方はさまざま。
その時間を過ごして、何を得たのか?失ったのか?
そんな観点もあるかもしれない。
でも、ときには一日のんびり過ごすことで、
心と身体が休まることもありそう。
ひととき、時間の使い方について考えていく。
<得る時間>
その時間を過ごして、
新しいことを学んだり、スキルを身に付けたり。
こんな時間の使い方は、誰もが価値ありと認めるところかもしれない。
身体を動かしたり、思いっきり笑ったり。
スッキリ、ストレス解消できる時間も素敵。
働いて、お金を稼いだりするのも素晴らしい。
その時間を過ごすことで、得られるものがあれば、
ポジティブに捉えやすい。
<得られない時間>
生きていれば、「無駄だ」「浪費した」って
感じる時間もあるかもしれない。
過ごすことで、あとから失うものばかりに
意識が向かってしまうような時間。
人生の時間が有限だと考えると、
こうした時間は減らした方が良いのではないか?
と考えがち、
しかし、それらは本当に無駄だったり、浪費だったのだろうか?
<有意義か浪費か>
考えてみればその時間が「浪費だった」「無駄だった」
と決めているのは、自分自身。
もちろん、だれかから指摘されることはあるかもしれないが、
最終的に判断しているのは、自分なのだ。
一日、ただ雲を眺めているような時間があったとしても、
それが「無駄」なのか、「豊かな」時間の使い方なのかは、
どう捉えるかひとつ。
日頃の慌ただしさを忘れて、
のんびり過ごす時間があってもいいかもしれない。
「浪費」と思われるような時間も、
そのおかげで、リッチな気持ちを味わったり、
たっぷり楽しめたりしているのなら、
無駄ではないと言えそう。
<納得していく>
どちらかといえば、「ああ、また無駄な時間を過ごしてしまった。。。」
と、落ち込んでしまったり、
「どうして私は、時間を有効活用できない人なのか!」
と自分を否定する方向に走ったり・・・
そんな風に考えることの方が、害を及ぼしているかもしれない。
今この時間を、たっぷり楽しむ。
浪費するのであっても、充実させるのであっても。
私たちにできるのは、今、これからどうしていくかなのだから。