気づきの伝道師 藤井一規です。
それ知っている!で起きる問題には二つのパターンがある。
ひとつは知っていないのに、知っているふりをする、
いわゆる知ったかぶりだ。
もうひとつ、十分知っていないのに、知っていると思い込んでしまい、
失敗してしまうことがある。
今日は、後者の方をメインにとりあげていく。
<ブログリンク>
http://shitsumon-alacarte.com/mental/11505/
この記事の目次
「問題は知らないことじゃあない。知りもしないことを知っているんだと思い込むことなんだよ」
by マーク・トウェイン(米の小説家)
知らないとわかっていると、
知らない領域に踏み込んでいくときには、警戒することができる。
しかし、十分知っていないのに知っていると思い込むと、
危険に気づかずに飛び込んでしまったりする。
知っていると思い込むことの危険性をもっと意識した方が良いかもしれない。
<知ったかぶり>
常識的なことを知らないでいて、恥ずかしいと感じることがある。
だから、知ったかぶりをしてしまいたい、という気持ちは理解することができる。
しかし、知ったかぶりをすることは、
それが明らかになれば、信用を失ってしまったりする。
単に知らなかったということよりも、
事態を悪化させてしまうことになる。
知らないでいた自分も大切な自分、
と認め、受け留めていきたい。
<知っていると思い込む危険性>
しかし、今日のメインは、不十分な知識しか持っていないのに
十分知っている、と思い込んでしまうことについてだ。
知らないとわかっていれば、
足りない情報を探そうとしたり、集めようとすることができる。
いまや知識であれば、その気になれば簡単に手に入るようになった。
知らないでいる自分を認めることができれば、
誰かに聞くこともできる。
ところが、もう十分知っている。
と思ってしまうと、それ以上の情報収集をしなくなったり、
学びを深めよう、という気持ちを失ってしまいがち。
肝心なところを知らないのに、知り尽くしたと思い込んでいると、
思わぬ事態になってしまったりする。
ちょうど、海の上に飛び出して、見えている部分だけが氷山だ、
と思いこんで船を進めていたら、
海中の部分が大きく張りだしていて、衝突してしまうようなことだ。
<多くは条件付き>
私たちの知識のほとんどは条件付きだと思ったほうが良い。
常識だと思われることだって、
今の環境だから、たまたま成立していたりする。
ひとつの視点からとらえてみた結果だったり、
偶然、起きたことから来ていたりする。
自分の経験したことだから正しい。間違いない。
と思うようなことでも、
良く考えてみれば、自分というたったひとりの
経験に基づいていることだったりする。
<知らないことはある>
どんな専門家であろうが、全てを知っているということはおそらくありえない。
新しい事態に遭遇したとき、
知っているからと、決めつけてしまうことは危険。
知らないことがあるかもしれないという気持ちを持って、
向き合っていきたいもの。