気づきの伝道師 藤井一規です。
明治維新に際し、活躍した人たちの多くが吉田松陰に学んでいた。
30歳という短い人生であったにもかかわらず、短期間に多くの優秀な人材を生み出していった。
そのポイントはどこにあったのだろう?
今日は、吉田松陰の言葉について考えていきます。
<ブログリンク>
http://shitsumon-alacarte.com/mental/13013/
「学は人たる所以を学ぶなり」
by 吉田松陰(武士、思想家、教育者)
吉田松陰の私塾、松下村塾からは高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山県有朋、・・・
幕府を倒すために活躍した者、明治政府の中心になった者、経済界で活躍したもの・・・
さまざまな人材が輩出している。
ほんの短い期間にこれほどの影響力をもたらした理由はなんなのだろう?
もう少し、この言葉を味わっていきたい。
<教育の課題>
学校で多くの問題が起きている。
その原因のひとつは、学ぶことに意欲を燃やせるような意味を
見出せていないところにあるかもしれない。
どちらかと言えば、与えられたカリキュラムをこなし、
知識を詰め込み、テストの点数を取ることの方に意識が向かってしまっている。
もちろん、知識レベルが高いことに越したことはないかもしれないが、
記憶力を競争するだけでは、人生の上で役立つことは少ないかもしれない。
学ぶ喜びがあれば、学ぶことにエネルギーが自然に注がれていく。
意味不明なまま、単に点数をとることや、進学することが目的になってしまうと、
無意味な感覚に襲われてしまいやすくなる。
<学問とは>
松下村塾でも、知識的な学びも行われていたが、
出来上がった統一のテキストから学んでいたわけでなない。
手に入れた資料を共に、あるいはそれぞれが探究し、
それぞれの考えを生み出して、大いに議論していった。
様々な考えから刺激を受けながら、
「自分はどのように役立つことができるのか?」
「それにはどうあればよいか?」
「どう生きたらよいか?」
それぞれが、自分なりの答えを見つけることができるようにしていった。
松陰は折に触れ、塾生ひとりひとりに働きかけたりしているが、
一方的に教えるというものではなかった。
<意欲があれば>
自分の求める姿が明確になれば、
さらに何を学んでいけばよいかが明確になっていく。
自ら得たい、身に付けたいと望む専門的な知識は、誰かから与えられなくても
自ら探し、自ら学ぶようになっていく。
いまなら、知識ならいくらでもすぐ手に入るような環境がある。
自分の興味のあることに気づき、
何をしていきたいのかに気づくことができれば、
出来上がった教育プログラムも、テキストがなくたって、
自ら学んでいこうという気持ちが生まれてくるのだ。