気づきの伝道師 藤井一規です。
誰しも優れた点もあれば、そうでないところもあるものです。
悪いところはほんの少しであっても、ついそこばかりに気持ちが向かいがち。
どのようにして捉えていけばよいか、中国の帝王学から学んでいきます。
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この記事の目次
「一悪をもってその善を忘れず」
by 太宗(中国 唐朝第2代皇帝「帝範」より)
人にはそれぞれ良いところを持っているもの。
それを活かすようにしていけば、うまくいく。
ちょっと悪いところがあるからといって、排除していけばよいか、
というと、そうではないと伝えている。
さらに考えていきたい。
<ほとんどはOKなのに>
誰しも何らかの特徴を持っているもの。
ほんのちょっとしたところに、目立つ欠点があるだけにも関わらず、
その人全体がダメだ、というような捉え方をしてしまうことがある。
美しい壁についた一つの傷のほうが、傷は小さくても目立ってしまったりする。
良さはたくさんあるのに、ちょっとしたキズが気になって、
評価が落ちてしまうことってあるもの。
<長所と短所>
あなたの長所は?と聞かれて、
「おだやかなところ」と答えた人が、
では、短所は?と聞かれたら
「のんびりしすぎるところ」と言ったりする。
長所と短所は、カードの裏表のような関係を持っていることが多い。
時と場合によって、効果的かそうでないかが変化したりする。
ある欠点がある人は、それが長所として活かせるような
活躍の場があるはずなのだ。
今日の言葉は、国を治めるような立場であれば、
誰もが活きるように考えていきなさいと説いている。
<伸ばし、活かし合う>
短所を自らなんとかしようと努力することも素晴らしいこと。
ただ、長所を活かしていくと、より効果があがっていくもの。
お互いの良さを引き出せるように考えていくと
全体としてうまくいくようにできたりする。
少なくとも、悪いところを見つけて批判ばかりしていても
得られる実りはすくないもの。
<特徴があるから>
考えてみよう。
何か特徴がある、ということは、
そこを起点に他の誰かとつながりやすくなっていたりする。
自分に足りない、とわかっていれば、
だれかに助けを求めやすくなっている。
欠けたところがあればこそ、
飛び出して良いところがあればこそ、
つながりのための引っ掛かりができたりする。
一人が完璧になることだけに意識を向けなくてもよい。
成長していき、お互いの長所を活かすようにしていけば良いのだ。