気づきの伝道師 藤井一規です。
どうしていけばいいか、わからないようなとき、
途方に暮れてあきらめてしまうこともできます。
しかし、そこであきらめてしまうのはもったいないかもしれません。
しばらく考えていきます。
<ブログリンク>
http://shitsumon-alacarte.com/mental/13662/
この記事の目次
「意志あるところに道はある」
by エイブラハム・リンカーン(米 第16代大統領)
途方に暮れてしまうようなとき、
どのように対処しているだろうか?
自分の意志をはっきり持っていると、
思わぬところに道が見つかったりするもの。
<ただ待っていても>
嫌なこと、辛いこと、大変なことは尽きないかもしれない。
やりたいことを実現させようとしても、
解決法が見つからないことがあるかもしれない。
しかし、ただ待っていても答えはやってこないかも。
あなたが答えを得ようとする行動を取らない限り、
答えが目の前に現れる可能性は低いまま。
<答えを得ようとしなければ>
自分の中に答えがないのなら、
見つけ出してくことが必要になる。
自分でいろいろと試してみる、という方法がある。
答えを見つけだそうと、一生懸命になっているうちに
何かが見つかってきたりする。
何度やってもうまくいかなくても、
わずかずつでも成長していけたりする。
他の人から答えを得るという方法もある。
それには、あなたが何を求めているのかを明示すること、
あなたが答えを求めて真剣であることが伝わる必要がある。
<そこに意志があるなら>
あなたの熱い思いがあるのなら、
それを表現していきたい。
あきらめる前に、なんとしようとし続けていきたい。
そうすれば、きっとあなたの中のエネルギーに、
あなたの周りが影響をうけていく。
ちょっと援助しようか、ヒントを与えようか、という人も現れてくる。
だれもが、求めているものが見つからない辛さと、
逆に、求めているものを手に入れるという素晴らしさとを知っているからだ。
<乗り越えられる>
どんな目標も必ず乗り越えらえるとは限らない。
無理なもの、合わないもの、というものはあるかもしれない。
しかし、あきらめた瞬間に実現しなくなる。というのは確かだ。
乗り越えられると信じて、目指して行動し続けることは、
自分のチカラを超えたものを引き寄せてきたりする。
できることはまだきっとあるはず。
あきらめるのは後でもできる。
もうひと踏ん張り、してみてもよいかもしれない。