気づきの伝道師 藤井一規です。
たった一人が主張しても、多数とは言えない。
民主主義でよく採用されている、多数決の方法をとれば、
一人だけの主張は採用されないことになる。
しかし、勇気を持てば違ってくるという。
どういうことなのか、しばらく考えていきます。
<ブログリンク>
http://shitsumon-alacarte.com/mental/14885/
この記事の目次
「勇気を持った一人の人間は、多数派である」
by トーマス・ジェファーソン(第3代アメリカ合衆国大統領)
アメリカ合衆国の独立宣言は、彼の草稿をもとにして編集されたもの。
強い意志をもって、行動していたことで知られる。
相手が誰であろうと、よく論争をしていたというトーマス。
この信念があったからだろうと言われている。
もう少し掘り下げていく。
<多数派の意見の源は>
組織の中では、多数派の意見が採用されることが多いもの。
多数決が良く採用される以上、それは当たり前なことだと言えるだろう。
しかし、多数派の意見は、どこから生まれてくるのだろう?
多数派閥のうちの誰かひとりとか、少人数でたたき台を作りあげていたりする。
多数派の意見とは言うものの、もとは少人数で決めたものを、
展開していこうというアイディアだったりする。
もちろん、多数派に属する人たちが
賛成しやすいものに修正しておく必要があったりする。
<少人数の意見は>
少人数の意見なんて、どうせ採用されないのだから。。。
そんな風に考える人もいるかもしれない。
しかし、多数派の意見も、一部の人たちの意向で決まっていると思われる。
だから、少数派の意見だからといって、何もしないでいるより、
主張すべきところは、すべき。
あきらめていたり、政治で野党だからとりあえず反対しておこう、
という考え方だとすると、生きてくる可能性は低くなる。
いや、これが絶対必要なんだ!
という思いを載せて主張していけば、
検討のテーブルに乗ってくるかもしれない。
<勇気をもって>
一人のチカラじゃあ足りないと思ってしまい、
主張をしないままになってしまうことは多いもの。
やはりこれは必要だ、と気づいたことは、機会をとらえて、
勇気をもってしっかり伝えておく必要がある。
あまり主張する人がいないということは、
主張したことは、印象に残り、多数派と呼ばれる人たちにも
影響を与えることができる。
そう、一人がもとで多数派の意見をつくることだってできたりする。
多数派、少数派に関わらず、
しっかり伝えていくことは、私たちの課題。
たとえ自分一人であろうとも、自分の気づきを
挙げていく必要がある。