気づきの伝道師 藤井一規です。
人の感覚には、不思議なところがあります。
また、場所や時代を超えた共通なものがありそうです。
しばらく考えていきます。
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http://shitsumon-alacarte.com/mental/15064/
この記事の目次
「私は大理石の中に天使を見た。そして天使を自由にするために彫ったのだ」
by ミケランジェロ(イタリアのルネサンス期の芸術家)
彫刻家は、材料の中に彫りだそうとするものを見つけていたりします。
人には感覚が教えてくれるもの、
未来を、今現在そこにあるように
捉える感覚があるようだ。
それは、人生にも活かしていけそう。
もう少し掘り下げていく。
<彫刻家の感覚から>
ミケランジェロは大理石の中に天使を見た。
運慶は、木の中に埋まっている仏像を取り出すだけだと言った。
どうやら、時代や文化を超えた共通の感覚が存在している。
それがどのようにして起きているのかはよくわからないが、
私たちは、ただのモノのなかにも
何かを感じ取ることができるようだ。
そのことは、ミケランジェロや運慶の言葉を聞いて、
なんて馬鹿なことを!と思うよりは、
なんとなく納得してしまうところからもわかる。
<関係のあるもの>
私たちは、無意識のうちに様々なことに意味づけをしている。
そして、自分にとって重要な関係のありそうなものに
意識が向かうようにできている。
心霊写真として取り上げられるものの多くは、
人の顔のようなものが写り込んでいるものだ。
それは、顔が人にとって特別なものだからだ。
同じように、自分が探し求めていることがあれば、
それに関係したモノに気づきやすくなる。
心にあるものと、そこに存在するものとで、
何らかの波動の共鳴が起きているからかもしれない。
<実現していくために>
意味があるものが存在することに気づいたら、
将来、目の前にあるはずのモノを具体的にイメージしていく。
ミケランジェロが大理石に天使の姿を見たように。
運慶が仏像を見たように。
それがリアルで望んだものであればあるほど、
実現への意欲が湧いてくる。
そして、少しずつでも、実際の形にしていく。
想像できたものが、現実になっていくことはうれしいもの。
彫刻家は、見つけたものを彫りだしていくが、
私たちは、想像したものを現実にしていく。
<感じ取ろう>
いえ、まだそんな具体的なものはないよ、わからないよ
と言いたくなるかもしれない。それでもOK。
理屈はよくわからなくても、
そこにあるものにビビビッとくる感覚を大切にしたい。
きっとそれは、望んでいるものに近づいていることを
教えてくれている。
感覚が教えてくれるものを大切にしていけば、
その先にきっと何かある。