気づきの伝道師 藤井一規です。
何かを達成する人と、そうでない人とには
どんな違いがあるのでしょうか?
その違いに気づけば、できることはもっともっと
増えていくに違いありません。
しばらく考えていきます。
<ブログリンク>
http://shitsumon-alacarte.com/mental/15801/
この記事の目次
「『まあ、しょうがない』と思うだけでは、しょうがないだけの選手で終わってしまう」
by 落合博満(プロ野球選手、プロ野球監督)
目指しているものへ進んでいるとき、
順調に進むことができないときもある。
大きな障壁に出遭うようなこともあるかもしれない。
そこで挫折してしまうか、
何とか達成するかの分かれ目は
「しょうがない」と思うかどうかだったりする。
もうしばらく掘り下げていく。
<目指すものとのギャップ>
手に入れたいものがあるということは、
現在と未来に手に入れたいものとの間に
なんらかのギャップがある、ということだ。
逆に言うと、そのギャップを埋めることができれば、
手に入れることができるということだ。
そのギャップは、簡単に埋められることもあれば、
なかなか埋めることができずに、苦心することもある。
ときには、これはどうしようもない!
と思えるようなときもある。
<しょうがない>
ギャップを埋められずにいるとき、
行き詰った思いを解放してくれる言葉うちのひとつが、
「まあ、しょうがない」だ。
しょうがない は、しようがない、やりようがないこと。
そうなら、できなくたって無理ないよねって、
自分を納得させる言葉だ。
しかし、しようがない、やりようがないというのは、
事実なのだろうか?
他にできている人がいるとしたら、
事実ではないかもしれない。
しようがないのではなく、しようがわからない、やり方がわからない
ってことなのではないだろうか?
私たちは、あきらめるときには、自分を納得させるために
つい事実とは違う理由付けをしていたりする。
<あきらめるとき>
しょうがない。
という言葉は、ある意味とても便利な言葉だ。
あきらめている自分を正当だと思わせてくれる。
辛く、苦しくなりそうなとき、自分を守ってくれる。
しかし、楽だからといって、すぐにあきらめていると、
癖のようになってしまいがち。
ほんのすこし、考えれば、工夫すれば、努力すれば克復できることも
避けてしまうようになってしまったりする。
そうしているうちに、自信を無くしたり、自分をどんどん貶めてしまったりする。
困難や障壁を乗り越えることは、
自分に自信を持つことにもつながっているのだ。
<道はある>
しょうがない。。。
もし、そんな気持ちになったとき、口にしてしまったとき、
自分に問いかけてみたい。
本当にそうなのか?
ただ、しようがわからないだけなのではないか?
単にあきらめようとしているだけではないか?
きっとなにか気づくことがある。