気づきの伝道師 藤井一規です。
人徳のある人っているものです。
そのレベルには及ばなくとも、
できるところだけでも、身につけていきたいものです。
徳は、実は自分のためになったりします。
徳を身につけることについて、しばらく考えていきます。
<ブログリンク>
http://shitsumon-alacarte.com/mental/16282/
この記事の目次
「徳ある人を見たら、その人に並ぶことをめざせ。徳なき人を見たら、我が身を振り返り、自省せよ」
by 孔子(中国の思想家、哲学者)
人徳あふれるひとって素敵。
でもなるのは大変。。。
そう思っているかもしれない。
しかし、徳を備える最大の利点は、
人間関係の悩みがなくなっていくことかもしれない。
もうしばらく掘り下げていく。
<人徳とは>
あなたはどんな人が徳のある人だと思う?
徳は形が無いものだけに、あいまいに使われることが多い。
例えば、
誰に対しても等しく誠実に対応することができたり、
相手を優先したり、
責任感が強く、人任せにしなかったり、
困難にめげることなく立ち向かったり、
人の悪口を言ったり、貶めようとせず。
相手のためになる助力を惜しまなかったり
頼りになって、安心していられる人。
そんな人とは良好な関係を保っていたいもの。
そして、もし困っていたら救いの手を差し伸べたくなる。
<人徳のメリット>
誰かのために人徳を発揮するのではなく、
人徳は自分のためになるものでもある。
より多くの時間を穏やかな優しい気持ちでいられたりする。
いくら合法的でも、誰かを踏みにじったりする人のことを
真に信用することはできにくかったりする。
人徳を備え、発揮していくことは、
情けは人の為ならず。
情けをかけるのは、情けをかけた相手のためもあるけれども、
情けを感じられることや、その情けが返ってきたりもして、
自分のためになるのと同じように、
自分のためになることなのだ。
<徳の向け先は自分にも>
人徳は、誰かに向けて発揮するものが多くを占めているけれども、
自分自身に向けることも覚えておきたい。
徳の高い人を目指すからと言って、
自分自身の欲をすべて封じ込めてしまうことは、
自分自身を傷つけることになったりする。
コントロールすることと、ないものにしてしまうこととは違う。
自分の気持ちや欲に気づくことも大切なことだ。
<徳なき人も先生>
人は状態によって、徳が発揮できなくなってしまうことがある。
普段は素晴らしい人でも、
動揺したり、トラブルに巻き込まれたり、悩みのさなかであったりすれば
心の余裕を失い、徳を発揮できなくなってしまうことがある。
徳が発揮できていないからといって、
ダメな人とは限らない。
また、徳に欠ける行動を目の当りにすることがある。
そんなときは、自分のことを省みるチャンス。
自分はどうだろうか?
どんなふうにありたいか、どんな振る舞いをしたいかを確認するチャンス。
望ましい姿について、考える機会が多いほど、
身につけるチャンスも増えていく。
徳を身につけていくこと、考えてみる価値はきっとある。