気づきの伝道師 藤井一規です。
代表的な戦国大名のひとり、上杉謙信は
領地の拡大にはあまり関心を持っていなかったようだけれど、
領主としての考え方には感心します。
彼の言葉から、組織を運営する上での考え方について
しばらく考えていきます。
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この記事の目次
「戦場の働きは武士として当然のことだ。戦場の働きばかりで知行を多く与え、人の長としてはならない」
by 上杉謙信(戦国時代の越後国の武将、戦国大名)
武士の一番の活躍の場は戦場だ。
しかし、謙信は、戦場での働きが良いからといって、
報酬を多く与え、組織のリーダとしてしまってはいけないという。
もう少し掘り下げていく。
<武士の本分>
武士は戦においてこそ、その存在意義がある。
戦いにおいて、功績をあげることは、
大きな報酬Upのチャンス。
活躍すれば、認められる。
勝利すれば、得たものは、勝利に貢献した度合いに応じて
配分されることが多かった。
命を懸けた、まさに大勝負だった。
なので、つい、いかに功績をあげるかに意識が向かいがちになる。
<何を評価するか>
しかし、上杉謙信は、単純な戦闘の功績で評価するのは
望ましくないと考えていた。
戦に勝利するためには、
それぞれが、それぞれの役割を果たすことが大切。
功績を求めて、組織を乱してしまうのでは問題だと考えていた。
だから、いくら戦闘に優れているからといって、
一団のリーダとするのは違うと考えていた。
優秀なセールスマンは、優秀なマネージャになれるとは限らない。
自分の功績を中心に考えればよい担当やスペシャリストと、
組織の運営を優先的に考えるマネージャとは、
発揮する能力が違い、評価基準も異なってくるのだ。
会社などでも、優秀な担当者が、優秀なマネージャになれるかというと
必ずしもそうではない。
<役割>
謙信は、現代にも通じる、組織のことをよくわかっていたと考えられる。
人の長であるマネージャとして適した人材は、
必ずしもプレーヤとして優れている必要はない。
もちろん、プレーヤとして全く役に立たないのでは、問題がある。
しかし、リーダシップは、担当としての功績の優劣だけでは測れない。
その組織に属する人たちが、気持ちよく活躍できるように
行動できる人である必要がある。
トップは、こうした視点で人を捉えていく必要がある。