気づきの伝道師 藤井一規です。
目標設定については、たくさんの名言があります。
どう目標を置くのかによって、得られる結果には大きな差が生まれてきます。
また、目標は立てないほうがいい、という人がたくさん現れてきました。
一体どういうことなのでしょう?
しばらく掘り下げていきます。
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この記事の目次
「最大の危機は、目標が高すぎて失敗することではなく、低すぎる目標を達成することだ」
by ミケランジェロ・ディ・ロドヴィーコ・ブオナローティ・シモーニ(伊の彫刻家、画家、建築家、詩人)
どうやら人には、立てた目標を達成するとそこで満足してしまう傾向がある。
だから、低すぎる目標の場合、そこで満足してしまう。
高い目標には届かなかったが、多くの努力をしたほうが、
結果からするとより高いところに到着することができたりする。
かと言って、目標は高ければ高いほどいいかと言うと、それも違うようだ。
目標とどう付き合っていけば良いのか、
もうしばらく、掘り下げていく。
<目標は立てないほうがいい?>
目標を立てると、それを達成したかどうかが問われるようになる。
その目標が高くて、どんなに努力をしても達成できなかったら、
素晴らしいプロセスがあったとしても、
目標達成という点からするとダメ!
ということになってしまいがちだ。
何かがおかしいかもしれない。
反対に、目標を達成したいからと、
放っておいても達成できるような目標を設定したとする。
何の努力もしないうちに達成できるものを設定することだってできる。
するとしばらくすれば目標は達成し、
満足感を得られるかもしれない。
しかし、それならいったい何のための目標だったのだろう?
何かがおかしい。
<何のための目標?>
しかし、目標があると、目指すところを
明確にすることができるという効果があるのは確かだ。
企業にいれば、目標は必ず立てるもの。
トップダウンでやってきたり、どう立てるかを指導されたりする。
確かに、目標は。それを達成することが、
望ましい状態を手にいれることと一致していれば、
立てる意味がある。
しかしながら、ときに私たちは目標を立てるとき、
それが何のための目標なのかを忘れてしまっていることがある。
高ければよいとして、却ってやる気を失ってしまったり、
目標を達成できるかどうかで評価されるからといって、
達成できるかどうか?基準で考えてしまい、
ふと気が付くと、低すぎる目標になってしまっていたりする。
それでは立てる意味がない。
達成できるかどうかよりも、望ましい状態に向かって
より進んだかどうか?のほうが重要なはずだ。
<評価>
そう、目標を立てたかどうか?目標を達成したかどうか?よりも
どれだけ望ましい状態に近づいたかどうか?
のほうが大切だと意識しておく必要がある。
そのための意欲や、行動を引き出すために役に立つ目標なら立てる価値がある。
そして、評価を加えていくときには、達成したかどうかよりも、
どんな望ましい変化や成長が得られたのか、
に対して加えていったほうがいい。
<目標との付き合い方>
目標は立てると、その目標に拘束される傾向も持っている。
どんなことであっても、人は何かを目指している途中で、
新たな可能性に気づき、方向転換することだってある。
だから、目標は、
その目標を達成したかどうかを測るためのものではなく、
今よりも望ましい状態に近づいていく上で、
必要な意欲や行動を導くために
うまく利用していけば良いものと言えそうだ。