気づきの伝道師 藤井一規です。
私たちは報われたいという思いをもっていたりします。
傷ついても再生したり、
立ち直ったり、復活することができますが、
報われたがって、そうならないことが耐えられなかったりします。
しばらく考えていきます。
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この記事の目次
「人は、物以上に、回復して、新しくなり、生き返り、再生し、報われることが必要なの。決して、誰も見捨ててはいけません」
by オードリー・ヘプバーン(英の女優、ユニセフ親善大使)
どうも人は、こうすれば報われるはずだ、
と考えて行動してしまうことが多い。
ところが、どんなに努力しても報われないことがあったりする。
報われるはず、と強く思い込むから脱出することが
幸せにつながるかもしれない。
もうしばらく掘り下げていく。
<報われるはず>
私たちは誰しも、自分の存在を認められたいし、
評価されたいと望んでいる。
たくさん努力したら、その分、報われたいと思っていたりする。
しかしながら、努力すればその分報われるとは限らないのが現実だ。
例えば昇進しようと考えていても
昇進を望んだ人数分、ポジションが用意されているわけではない。
どんなに頑張っても、昇進できない人が出てくる。
昇給を目指して努力しても、評価するのは上司だ。
期待通りの評価を上司がするとは限らないし、
会社の事情で望むことが起きない可能性もある。
何事も報われることを期待して努力していても、
期待通りにはいかなかったりする。
<努力=報われるとは限らない>
私たちはつい、努力すれば報われると考えがちだけれど、
努力しても報われないことはいっぱいある。
努力の方向や、労力のかけ方が間違っているようなこともある。
もしかしたら、期待が大きすぎる場合もあるかもしれない。
時間や労力をかける価値があることなのか、
冷静になってみる必要があったりする。
もっと効率の良いやり方が存在していたりするなら、
変えたほうが良かったりする。
それに、他人から報いてもらうことを期待して生きていていも、
そもそも他人をコントロールすることはできない。
<報いていく>
自分ができるのは、自分をコントロールすることだ。
まず、自分が何かに取り組むこと自体を
喜びに感じられるようにしていきたい。
そして、誰しもが報われたいと思っていることを知り、
もし誰かが頑張って努力しているのであれば、
その姿勢を認めていくようにしたい。
もし、方向性が違っていたり、
非効率的なことをしているのであれば、
それとなく道を示したりすることも大切だ。
誰かの期待しているものを与えられないかもしれないが、
取り組みをしっかり評価し、伝えていくことが大切になってくる。