気づきの伝道師 藤井一規です。
今日は、偽りの自分で愛されることと、本当の自分でいること
ついて考えてみたい。
http://shitsumon-alacarte.com/mental/7458/
この記事の目次
「『偽りの自分』を愛されるよりも、『本当の自分』を憎まれる方がいい」
byカート・コバーン(米のミュージシャン、シンガーソングライタ)
誰もが、愛されたい。
「愛されている」「大切にされている」っていう実感が欲しい。
それがゆえに、愛されるために、
偽りの自分を装ってしまうことがある。
「偽りの自分」
子どもであれば、親に愛されたい、と願うもの。
褒められれば、うれしい。
もっと認めてもらいたいと思う。
おとなしくしていて、「いい子だね」と褒められたら、
もっとおとなしくしていよう!と決めたりする。
もっと「いい子」でいようと無理をしたりする。
また、何かの機会から、「いい子」でいなくちゃいけないとか、
知らず知らずのうちに、自分の意思を積極的に表に出すことを
止めてしまったりする。
そして、あるとき、「これって本当の自分と違うのにな・・・」
って気づきはじめるけれど、
そう簡単には止められない。
それは、「認めてもらえない」「愛されない」状態が
いかに恐ろしいことか!!って気づいているから。
これは、決して親子の関係だけのことではない。
自分がその存在を認めてもらえていない、誰からも愛されていない
と感じることは、ものすごい苦しみとなる。
だから、人の前では、本来の自分を押し殺して、
造り上げた自分を演出し続けようとしてしまったりする。
もちろん、本音と建前のように、共存させながら
うまくやっていられるうちは大丈夫。
しかし、周りから愛されている部分が、
偽りの、虚像の自分の部分だけだったとしたら、
それは、次第に重くなっていく。
本来の、自然な自分を抑え込むことって、
大きなエネルギーが必要。
保ち続けるのには、大きなストレスがかかってしまうもの。
「本当の自分」
だから、「本当の自分」でいられる相手や、
その環境や時間を確保しておくことは、とても大切なこと。
カート・コバーンは、
「『偽りの自分』を愛されるよりも、『本当の自分』を憎まれる方がいい」
と言った。
「本当の自分」を憎まれるということは、
まず、あなたが「本当の自分」を出せていることになる。
人はひとりひとり違いを持って存在している。
もともと世の中すべての人に愛されるなんてことはありえない。
もちろん誰かから憎まれることなんて、嫌なことかもしれないけれど、
憎まれることを恐れて、「偽りの自分」でいるよりも
どんなに楽でいられることか!
それに「本当の自分」を現したとき、その「本当の自分」「素の自分」
を受けれいれてくれる人、共感してくれる人は必ずいるもの。
ひょっとしたら、あなたが、「本当の自分」を現したら、
愛されなくなるかも、と恐れているのは、
あなたの思い込みかもしれない。
いつの日か、虚飾が剥がれ落ちたら、
愛されなくなるかもしれないと、ビクビクしながら
「偽りの自分」を保って暮らしているよりもずっとマシ。
【「偽りの自分」で愛されようとするより、「本当の自分」でいられる関係を】