魔法の質問ラブカードならりんごろ!
そんな風に言われるようになりました。
バスボムとキャンドルにハマり中の
大阪在住りんごろこと中島雅美です(._.)
タイトルにしましたが
今日の内容は
パートナーだから『しつもんしない』、ということを伝えます!
あなたは
寄り添いと聞いて、どんなことを思い浮かべますか?
わたしは思うのです。
その人に寄り添うとき、しつもんやアドバイス、
は、
しないんじゃないかと。
その人の気持ちを
ひたすら感じ、聞き、触れ、
同じように感じることはできないかもしれないけども、
少しでも近くにいれたら、と添うこと。
それが寄り添いじゃないかと思うのです。
相手は聞くだけでよくて
しつもんやアドバイスを求めていないこともあります。
そして
自分で感じてみないと
誰にも
何かを伝えることなどできないのではないか、とも思います。
食べたことのないチョコレートを
誰かにすすめることはできるかな?
観たことのない映画について
語ることはできるかな?
体験したことのない感情を
味わってみるといいよ、と言えるかな?
わたしは
人が最大にできる愛とよぶものがあるとするならば、
聞いて、感じて、寄り添って、
相手をありのまま受けとめることじゃないかと思います。
(愛の定義は人それぞれなんですが^^;)
そのまま受けとめて、自分のハートでも感じる。
相手の気持ちに寄り添ったとして、正解があるわけではないのかもしれないけども
どれだけ相手の元に近寄ろうとしたか?
それは
簡単にできることではないとも思うのです。
相手の役に立っているか、
自分は認められているか、
そんなふうに
自分を満たすために相手は存在しているのではなく
相手の存在自体を感じる自分がいるかどうか?
で
自分の世界観は変わる。
すぐそばに、
日常の中に、
愛がたくさん享受されていることに気づくことは
自分に自信を与える。
気づくか、気づかないか、だけ。
わたしの両親は他界しています。
父は22年前に、母は8年前に。
母が倒れたと聞いたとき
「生きていてくれるだけでいい」と どれだけ痛感したか、、、
その思いは叶わなかったけども、
存在で人は人にエネルギーを与えていることを思い知りました。
なにをしてくれたか?ではないんですよねぇ
存在で与えてくれていたものを
自分はどれだけ受けとって
自分の人生にいかしていけるか?
今ここから、
今あることから、
自分の人生を見つめて
可能性を信じて、広げ、深めていくことができるか。
その一歩は
受けとることからだと、わたしは痛いほど感じています。
そのうえで
しつもんやアドバイスのできる器をもつ自分であれたらいいな、とも思っています。