「あなたはカレーを箸で食べている」
と言われたら
「そんな食べにくいことわざわざする訳ないでしょ」
と思うかもしれません。
そう普通に考えたらカレーを箸で食べるなんて馬鹿げたこと誰もしませんよね^^;
実はこれ、過去私が師匠に言われた言葉なんです。
「香月はどうでもいいことにこだわる。
それをやっても結果が出ない事や
効率が悪い事だと伝えても
いや、箸の大きさが変われば・・・
いや、箸の使い方が変われば・・・
と、自分の理論を持ち出して
もっと簡単に楽に食べれるものがあることに目を向けようとしない。
むしろスプーンを使うことは
努力を怠って手を抜くことだと思っているところさえある」
そう笑われて、その理由をお話してくださいました。
それを伺って
「ひゃ~~~!あるある!!その思考!!!」
と首をすくめたことを思い出します。
今、自分がセッションをさせていただく立場になって
あぁこの人も箸でカレーを食べたいんだなぁと
その当時の自分を見るようにそのこだわりに耳を傾けます。
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人は「自分のやり方」が一番慣れ親しんでいます。
例えそれが傍から見ると「箸でカレーを食べる」ような
手間がかかって、難しいようなやり方でも です。
でも、それだとカレーを食べ終わるまでに
上手くつかめなくて落ちたカレーで服を汚したり
温かかったカレーが冷めて膜が張って美味しくなくなったり
「食べる」という行為に嫌気がさして食べるのを辞めたくなることもあるでしょう。
「スプーン」という存在を知らなければ
それはある意味仕方ないことかもしれません。
でも周りからスプーンを差し出された時に
初めて見るもので違和感があったとしても
まずは使ってみる・・・ということをしない限り
いくらスプーンの素晴らしさを聞いたとしても、
スプーンの便利さを実感として体感することはできません。
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この記事を読みながら
「カレーは箸で食べないなんてあったりまえじゃ~~~ん!」と思ったとしても
実際には意外に
見慣れないスプーンを持つことに不安を感じてみたり
(昔の人が写真を撮られたら「魂が抜ける!」って考える人がいたのと同じ感覚)
「便利なものを使う」=「手抜きをする事」のように感じて
「そんな”自分を堕落するも”のに手を出しては自分に負けた気がする」とか
「こんなに頑張っている自分のやり方を否定された気がする」と思ったりして
スプーンを使うことに抵抗感を示してしまいがちです。
上司や同僚から
「いや、そのやり方よりこっちのやり方の方がいいよ」
とアドバイスをもらった時に
「そうかもしれない」と、素直にその言葉を受け取り
行動できているでしょうか?
同じカレーを食べるなら
美味しい熱々の状態で
会話を楽しみながら
ストレスなく食べれる方が絶対に楽!
いらない努力は時間の無駄です。
もしあなたがカレーを箸で食べてると自覚があるならば
たったと差し出されたスプーンを受け取ることを決めましょう^^
【今日の質問】
あなたはカレーを箸で食べていませんか?